第125話 家臣たちへの話

文字数 674文字

 隼人が戦場で行方知れずになったと知らされた日から、涙は涸れることなく毎日を過ごしていた。
 けれどいつまでも泣き暮らしているわけにはいかない。
 遠海の惨状が藤音を突き動かした。隼人に後を託された自分には、流れ着いた者たちを保護する務めがある。
 こんな時、隼人ならどう行動するだろう。考えると、おのずと答えは導き出されていた。
「藤音さま、こちらにいらっしゃいましたか」
 城の中庭の木立の向こうから、声をかけてきたのは如月だ。
「お姿が見えないので心配いたしましたよ」
「心配かけてごめんなさい。考えごとをしていたの。ね、如月」
 はい? と如月が首をかしげて藤音を見る。
「広間に家臣たちを集めてもらえるかしら。大切な話があります」

 半時の後、広間には家臣たちが並んでいた。筆頭家老の結城を初め、ほとんどが年配者で、隼人の配慮により城に残った面々だ。
「奥方さまの招集とは、いったい何であろうな」
「お部屋に閉じこもっておられると聞いたが、少しはお元気になられたであろうか」
 ささやきあっているところへ当の藤音が姿を現した。
 打掛の裾をさばき、上座につく。
 前置きは省き、藤音は単刀直入に切り出した。
「皆も知っていると思いますが、遠海に次々と傷病兵を乗せた船が流れついています。地元の者たちも救助に当たっていますが、とても間に合わないのが現状です」
 はあ、と相槌を打って家臣たちは次の言葉を待つ。奥方はいったいどうしようというのか。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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