第100話 水軍の脅威

文字数 724文字

「そんな話はとっくに知っている。だが、あれは羅紗国の正式な軍ではない。しかも今は西に交易に出ているはずだ」
「しかし羅紗の水軍は臣下ではなくとも、王室とは長年友好関係を保っていると聞きます。もしもこの事態を知って引き返してくれば、無傷の水軍は大きな脅威となりましょう」
「水軍くらい倭国も持っている! われらとて海を越えてきたのだからな!」
 焦れたように蘇芳が声を荒げる。
「万一、羅紗の水軍が戻ってこようとも、こちらの戦力で充分に対抗できよう。相変わらず慎重だな、隼人。いや、臆病と言うべきか」
「ですが、怖れながら、それがしも九条どのと同じ懸念を抱いております。羅紗の水軍を侮ってはなりませぬ」
 遠慮がちにではあったが、先ほど軍議の内容を教えてくれた年配の武将が、隼人に同意してくれる。
 蘇芳は白髪の武将をじっと見つめ、憐れみの色をたたえて淡く笑った。
「老いたな、佐伯……」
 かつて自分に剣や兵法を教えてくれたのは彼だった。
 年を取るのは哀しいものだ。子供の頃は誰よりも豪傑に思えた武将は今では腰も曲がり、ただの老人にしか見えなくなっている。
 もうよい、と蘇芳は隼人に片手を振る仕草をしてみせた。
「おまえがいても役に立ちそうもない。王都までの進軍で疲れたであろう。この場を下がってさっさと休むがよい」
 蘇芳を取り巻く武将たちの冷笑が向けられる中、隼人は来た時のように一礼すると、豪奢な部屋を出ていった。
「九条どの!」
 ひとり玉座の間を出た隼人を誰かが呼び、追いかけてきた。振り返ると、あの唯一、隼人に同調してくれた老武将だった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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