第107話 届かぬ言葉

文字数 727文字

 外の喧騒とは裏腹に部屋の中は静まり返り、多くの武将たちが息をつめて対峙する二人を見守っている。
 重苦しい沈黙の中、それを破ったのは佐伯だった。
「怖れながら申し上げます。それがしも九条どのと同意見でございます。蘇芳さま、この場はお退きくだされ!」
 信じられないものを見るように蘇芳の視線が老武将に注がれる。
「佐伯、おまえまで臆病風に吹かれたか⁉」
 そう吼えるように叫んだ時だ。
 どぉん、と鈍い音が響いた。羅紗の軍船が大砲を放ったのだ。
 大砲は他の箇所を破壊しないように正確に門だけを狙っている。その轟音は自分たちの王宮を返せ、と主張しているかのようだ。
 何ものにも邪魔されることなく軍船は接岸し、渡した板から水軍の兵たちが船を降りて来るのが回廊からも見える。
「このままでは敵兵が攻めこんできますぞ!」
「こちらも軍備を整えよ。ここで迎え撃つ!」
 困惑気味に武将たちは顔を見合わせた。
 対抗しようにもどうすればよいのか。
 連戦連勝だった行軍。わずか半日で陥落した王都。あまりにもたやすく手に入った勝利に倭軍は酔いしれていた。
 この王宮で戦闘になった場合、兵をどこに、どれだけ配置するのか、そんな取り決めすら行っていなかったのだ。
「何をためらう⁉ 総大将はこの俺ぞ!」
「どうか撤退を! このまま戦えば王宮にいるわが軍は全滅いたしますぞ」
 悲痛な面持ちで説得を続ける佐伯に、
「やってみなければわからぬではないか。わが誇りにかけて決して退かぬ!」
 佐伯は焦燥と深い絶望を味わっていた。
 いくら必死に訴えても、自分の言葉は届かない。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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