第24話 仕度

文字数 656文字

「珍しいこともあるものでございますね。あの殿が正装で、などと仰せになるなんて」
 和臣に送ってもらった藤音の私室で、仕度の最中、如月もまた意外そうな声を出していた。
「いつもなら、『わたしには女性の着物はよくわからないけど、藤音は何を着ても綺麗だよ』とか、しれっと言われていますのに」
「もうっ、如月、からかわないで」
「あら、ごめんあそばせ」
 顔を赤らめる藤音に如月は楽し気に笑う。
 今日、如月が見立てたのは、薄桜色の小袖に、紫の地に金糸の刺繍のほどこされた打掛だった。その色づかいは藤音の白い肌によく似あう。
 藤音は多くの着物を持っている。父が輿入れの際に持たせてくれたものだ。
 和睦の証として嫁いでいく娘への、せめてもの心づかいだったのだろう。
 着付けをすませると、次は化粧。如月は道具箱の蓋を開けながら、
「いったい、どういう客人なのでしょうね。藤音さまが正装までしてご挨拶される方とは」
「さあ、わたくしもよくは聞いていないの。知らせを受けて隼人さまはすぐに広間に向かわれてしまったし。重要な方であるのは間違いないと思うのだけど……」
 途中で言葉を切り、藤音は考えこんだ。
 ただ、重要な客ではあるが、決して歓迎という風ではなかった。どちらかといえば、あの場に流れていたのは困惑と緊張だった。
 隼人はいつになくとまどっていたし、和臣に至っては明らかに好意的ではなかった。
 和臣は礼儀正しい青年だ。普段なら自分の前で客人を悪く言うことなどあり得ない。
 なのに、長年のわだかまりが、つい口をついて出てしまったような……。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み