第150話 敗残兵

文字数 665文字

 阿梨は一瞬息を呑んだが、すぐに弓に矢をつがえ、いつでも隼人を援護できるように体勢を整えた。水軍の兵たちも長にならう。
「誰だ⁉ 止まれ!」
 隼人は言われるままに足を止め、よく聞こえるよう、はっきりとした口調で呼びかけた。 
「立てこもっている者たちに問う。要求は何だ?」
 突然聞こえてきた故国の言葉に、とまどいつつも彼らは返答した。
「食糧と船だ。われらは国王探索の命を受けながら、この国に置き去りにされた者。何としても故郷に帰りたい!」
 やはり、という考えが脳裏をよぎった。誇らしく特命を受けながら、見捨てられた彼らの絶望は想像に難くない。
「ひとつ訊く。村人たちを傷つけたり、殺めたりはしていないな?」
「当然だ。やむを得ず、このような手段を用いたが、われら武士(もののふ)の誇りにかけて、戦えぬ民に手を出したりはせぬ」
 彼らはいきなり現れ、自分たちの国の言葉で語りかけてくる者の存在を訝しがった。
「そなたは何者だ? なぜわれらと同じ言葉を話す?」
「わたしの名は九条隼人。倭国の者だ。戦場で傷を負ったところを、この国の人々に助けられた」
 九条、という名に三人の男たちの表情が動いた。
「貴殿はもしや草薙の九条どのでござるか」
 ああ、と肯定する隼人に、
「されば藤音姫の夫君であられるか」
「いかにも、藤音はわが妻だが」 
 答えながら隼人は内心ひどく驚いていた。まさかこんな遠い異国で藤音の名を耳にしようとは……。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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