第137話 ある考え

文字数 862文字

 食欲はまるでなかったが、藤音は如月の勧めに従うことにした。侍女が呼ばれ、しばらくして粥が運ばれてくる。
「さあ、藤音さま、冷めないうちに召し上がってくださいませ」
 如月にうながされ、上半身を起こした藤音は粥をひとさじすくい、口もとへと持っていく。
 が、食べ物の匂いが鼻についたとたん、吐き気がこみ上げてきて、藤音はさじを置き、口を押えた。
「藤音さま⁉」
 如月はあわてて粥をのせた盆を脇へ置き、藤音の背中をさする。
「ごめんなさい、如月。せっかく用意してくれたのに、やっぱり食べられそうもないわ」
 藤音を再び横にならせつつ、如月は危惧した。草薙に嫁いできた時のように、また食事も取れずに弱ってしまうのだろうか。
 けれど今回は少し違う気もした。
 前回は心労が原因で食べられなかったのだが、今の状態はもっと身体的な……そもそも体が食べ物を受けつけない感じなのだ。
 だてに長年藤音に仕えてきたわけでない。あの時と今では微妙に症状が違う。
 では何が、と思案していた如月はある考えに至って、思わず、
「もしや……!」
 と大きな声を上げた。
「如月?」
 寝床から驚いたように見上げる藤音に、如月はずいっと身を乗り出してくる。
「藤音さま、立ち入ったことをおたずねしますが、最後に月のものがあったのはいつでございます?」
「え?」
 唐突な質問に藤音はきょとんとする。
「いつって、ええと……」
 草薙と自分たちに起きた出来事が大きすぎて、己の体調など省みもしなかった。
「確か、殿が羅紗に出陣される少し前だったと思うけど」
「それ以降は、ないのでございますね⁉」
「え、ええ……」
 勢いに気圧されつつ、藤音にもようやく如月の意図がわかってきた。言われてみれば、ここのところ、ずっと遅れている。
 ……まさか。でも。もしかしたら。
「誰か、今すぐ薬師を呼んでまいれ!」
 館の中、侍女に命ずる如月の声が凛として響いた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み