第57話 新しい年

文字数 662文字

 新しい年は(あわ)ただしく明けた。
 年明け早々、柊蘇芳が率いる中央軍は羅紗へと軍船で出陣する。各地の大名たちの軍も総大将にならい、それぞれ予定通り出港する。
 草薙も例外ではなかった。出陣の日は一月十五日。曽我水軍の船で遠海に設けられた船着き場から出港、と決められた。
 草薙の九条軍は当然、隼人を将とする。そもそも隼人が自ら軍を率いるのでなければ、蘇芳は納得すまい。
 副将は草薙随一の武将と評判も高い、桐生(きりゅう)元基(もとき)。和臣と伊織の父であり、息子二人も隼人の護衛として同行する。
 出港の日が近づくと、隼人を初めとする戦に出る者たちは遠海の館に居を移した。この地で戦仕度を整え、乗船するためだ。
 遠海行きは藤音と桜花も一緒だった。
 藤音は九条家当主の奥方として出陣を見送る役目があり、桜花は巫女として戦勝祈願の舞いを奉納する役目がある。
 その務めゆえに二人は出陣の時まで愛する者と共にいられるのだった。

 出港前日。各地から続々と出陣する兵たちが集まり、普段は静かな遠海の村は人々でごった返していた。
 九条の館だけでは到底収まりきれず、桜花の祖父など、この地に屋敷を構える者は進んで兵たちに一夜の宿を提供していた。
 せわしない空気の中、桜花は夕餉をすませると伊織の部屋へ足を向けた。すでに陽は沈み、あたりは宵闇に染まっている。
「伊織、いる?」
 声をかけると、いるぞ、と返事がして襖が開いた。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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