第91話 街道を北へ

文字数 662文字

 もちろん羅紗の水軍の脅威は、兼光とて充分に承知している。
「ご心配、感謝いたします。されどわれらも長年水軍として生きてきた者。わが曽我水軍の役目は、麗江の港と制海権の確保でござる。この海域は兵糧を輸送する重要な場所。もし補給路が断たれれば、兵は飢えに苦しむことになります」
 兼光は一度言葉を切り、決意をこめて隼人を見つめた。
「これが老いたわしの最後の(いくさ)となりましょう。ご案じめさるな。ここは必ずや守り抜きまする」
 ご武運をお祈りします、と隼人が述べると、兼光は小さく笑い、他の者には聞こえないよう声をひそめて告げた。
「道中くれぐれもお気をつけて。共に力を尽くし、この大義なき戦、一日も早く終わらせましょうぞ」

 曽我水軍と別れ、九条軍は街道を北へと進んでいった。将である隼人と副将の桐生元基だけには現地で馬が用意されていた。
 王都・戴河(たいが)へと続く大きな街道は、本来なら人々で賑わいを見せるのだろうが、今は民衆の姿はない。
 赤茶けた土の道を乾いた風が吹き、埃を舞い上げていく。その街道沿いにも、所々に亡骸が横たわっている。
 しばらく進むと隼人は馬の足を止めた。まだ休憩には早かったが、兵たちに伝えておきたいことがある。
 将に付き従っていた軍勢も動きを止めた。馬上から隼人は兵たちを見渡し、口を開いた。
「皆に聞いて欲しいことがある」
 遠くの者にも聞こえるように、はっきりとした口調で語り出す。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み