第16話 早く一緒に

文字数 551文字

「殿のお許しも得たし、あとは後任の者を探せばいいだけか」
 殺風景な部屋の中を眺めながら、まだあるわ、と桜花が言う。
「まだ?」
「ええ、住むところが必要だわ」
 今は二人とも城住まいだが、祝言を挙げて所帯を持つとなると、やはり誰にも遠慮のいらない家が欲しい。
 ふむ、と考えこむ伊織に向かって、
「えっと、伊織、もしあなたさえよければ、城下にある天宮の屋敷が空いているのだけど……」
「天宮の?」
「おじいさまはもうずっと遠海で暮らしているし、父さまが亡くなった後を継いでわたしがお城に上がってからは、誰も住んでいないの。もちろん、いつでも住めるように手入れは頼んであるけれど。だから、あなたさえ嫌でなかったら……」
 返ってきたのは、嫌なはずないだろう、という笑顔。
「俺は気楽な次男坊だし、あのお屋敷には子供の頃、よく遊びに行って思い出もある。何より桜花の大切な家だ。二人で住めたらとてもいい」
「伊織……」
 瞳をうるませながら、桜花は伊織の胸にこつん、と頭をもたせかけた。
「忙しくなるわね。祝言の仕度をして、新しい生活の準備もして……」
 ああ、とうなずいて、桜花の髪をさらっとなでる。
「早く、一緒に暮らしたいわ」
 桜花の背中を両腕で包みながら、伊織はそっと告げた。
「俺もだ。できるなら今すぐにでも、桜花と暮らしたい」





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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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