第79話 縁談相手

文字数 624文字

 出会った頃を思い起こし、和臣は苦笑いする。
 桜花との縁組が立ち消え、なかなか進まぬ嫁取りに業を煮やした母が強行手段に出たのだ。
 もっとも桜花との件が白紙になっても、母は大して残念がらなかった。相手が巫女さまでは仕方ありませんね、とあっさり言っただけだった。
 家柄は申し分ないが、巫女出身では武家の奥方にはふさわしくないと考えていたらしい。
 その後で張り切って探してきた縁談相手が瀬奈だった。武門の名家の娘で、美しく、教養も高い。
「最初はとまどったが、話をしてみると賢明で、はっきりと自分の意志を持った娘で、気があったというか……」
 初対面で、瀬奈はきっぱりと言ったものだ。
「あなたが和臣さまですね。石上瀬奈と申します。縁組のお話をいただきましたが、なにぶんお会いしてみなければ、良いも悪いもわかりませぬ。わたくしの意志を尊重していただけるというので、本日はお目にかかりにまいりました」 
 正直いえば面食らった。こんなもの言いをする娘には、今まで会ったことがなかった。
 それから二人は幾度か会い、多くを語りあった。
「書物を読むのが大好きですの。熱心に本を読むような女子(おなご)はお嫌い? 世間には女が学問をするのを疎んじる殿方もいらっしゃるから……」
「いいえ、むしろ好ましく思います。同じ書物を読んで、共に論じることができれば、きっと楽しいでしょう」
 よかった、と瀬奈は安心したように笑った。見る者を惹きつけずにはおかないような、理知的で美しい笑顔だった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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