第117話 悪い予感
文字数 760文字
それでも伊織は足を引きずり、広間の中央、主の席の前まで進もうとしていた。
重傷で動けぬ父と兄に代わり、自分には羅紗で起きた出来事を報告する義務がある。
桜花は人垣を押し分けるようにして伊織に近づき、ふらつくその体を支えた。今の伊織は気力だけで動いているようなものだ。
こみ上げてくる涙をこらえながら、一緒に少しずつ歩を進めていく。
だからなのだ。伊織はあまりにも弱っていて、だからその魂の輝きを感じ取れなかったのだ。
桜花と共に主の前に腰を降ろし、伊織は深く頭を下げた。
藤音もまた伊織の気迫に応じるように、しゃんと背筋を伸ばして上座についていた。隼人がいた頃は隣に座り、さまざまな報告を受けていた場所だ。
居合わせた人々の注目の中、はやる気持ちを押さえて藤音は口を開いた。
「羅紗からよくぞ戻られました、伊織どの。見れば、だいぶ怪我がひどいようですが、動いて大丈夫なのですか」
「お気遣い、かたじけなく存じます。本来なら副将であるわが父から直にご報告いたすところですが、あいにく深手を負っておりまして、代理で自分がまいりました」
「副将どのまで……」
藤音が形のよい眉を曇らせる。
「それで、殿は? 隼人さまは今、どうしておられるのですか」
すぐには返答がなく、沈黙が流れた。やがて頭を垂れたまま、伊織は苦渋に満ちた口調で告げた。
「申し訳ございませぬ……」
「何を……謝るのですか」
藤音は膝の上で両手をぎゅっと握った。伊織の様子からは悪い予感しかしない。
「答えてください、伊織どの!」
語気を強める藤音に、伊織は意を決して声を絞り出した。
「殿は戦いの最中、行方知れずになりましてございます!」
重傷で動けぬ父と兄に代わり、自分には羅紗で起きた出来事を報告する義務がある。
桜花は人垣を押し分けるようにして伊織に近づき、ふらつくその体を支えた。今の伊織は気力だけで動いているようなものだ。
こみ上げてくる涙をこらえながら、一緒に少しずつ歩を進めていく。
だからなのだ。伊織はあまりにも弱っていて、だからその魂の輝きを感じ取れなかったのだ。
桜花と共に主の前に腰を降ろし、伊織は深く頭を下げた。
藤音もまた伊織の気迫に応じるように、しゃんと背筋を伸ばして上座についていた。隼人がいた頃は隣に座り、さまざまな報告を受けていた場所だ。
居合わせた人々の注目の中、はやる気持ちを押さえて藤音は口を開いた。
「羅紗からよくぞ戻られました、伊織どの。見れば、だいぶ怪我がひどいようですが、動いて大丈夫なのですか」
「お気遣い、かたじけなく存じます。本来なら副将であるわが父から直にご報告いたすところですが、あいにく深手を負っておりまして、代理で自分がまいりました」
「副将どのまで……」
藤音が形のよい眉を曇らせる。
「それで、殿は? 隼人さまは今、どうしておられるのですか」
すぐには返答がなく、沈黙が流れた。やがて頭を垂れたまま、伊織は苦渋に満ちた口調で告げた。
「申し訳ございませぬ……」
「何を……謝るのですか」
藤音は膝の上で両手をぎゅっと握った。伊織の様子からは悪い予感しかしない。
「答えてください、伊織どの!」
語気を強める藤音に、伊織は意を決して声を絞り出した。
「殿は戦いの最中、行方知れずになりましてございます!」