第35話 太陽と月

文字数 660文字

 廊下の隅から視線を合わせぬよう、そうっと蘇芳の方を見る。
 人々の輪の中で中心となって、そのくせ退屈そうな姿。
 隼人はかたわらで蘇芳の側近の若者と楽しげに話しこんでいる、
 同じ血を引くいとこ同士なのに、こうも違うのかと思うほど二人は対照的だった。
 さながら太陽と月のようだ。
 暖かな光を放つ太陽と、冴え冴えとした冷たい月。
 藤音の視線には気づかず、蘇芳は杯を手に吐息した。
 つまらぬ。相変わらず何もない田舎だ。
 このような辺鄙(へんぴ)な所にわざわざ嫁いだ叔母の気が知れない。しかも皇族の身分まで捨てるなど、とても正気の沙汰とは思えない。
 内心では隼人がどんな野暮ったい田舎娘を嫁にしたかと見に来たが、存外、美しい姫だった。
 野心家か、あるいは軽薄な女なら、都に誘えばあっさりとなびく場合も多い。だが、あの女は雅な都への憧れなどまったく持っていない。
 おまけにぬけぬけと、自分の夫は生涯、九条隼人ただひとりだと言ってのけた。
 隼人は心から愛されているのだ。妻である美しい女に。
 蘇芳は杯を置き、隼人に視線を投げた。
 なぜだろう。隼人の方がいつも自分より満ち足りて見えるのは。
 ふと蘇芳は初めて隼人に会った時のことを思い出した。
 叔母の優華は皇族を降り、いわば勘当の身だったが、隼人が生まれると先帝である祖父は末娘と孫に会いたがった。
 そこで優華は息子を連れ、お忍びで宮廷を訪れたことがあった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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