第105話 危惧していた事態

文字数 648文字

 まとっていた長衣がはらりと落ち、隼人は拳をきつく握りしめた。
 危惧していた事態が現実となってしまったのだ。それも自分の予想よりずっと早く、はるかに大規模に。
 見張りは何をしていたのだ ⁉ と思ったが、今は兵の怠慢を責めている場合ではなかった。
 隼人は身を翻し、宮殿の中へ駆け戻った。
 本陣となっている玉座の間に駆け込むと、隼人の他にもいち早く異変を知り、足早に部屋に来る者がいた。佐伯である。
 二人は蒼白な顔を見合わせた。
 佐伯が次々と部屋にやって来る武将たちに叫ぶ。
「早急にすべての兵を起こし、伝えよ! 羅紗水軍の急襲ぞ!」
 佐伯が指示を出している間、隼人はめまぐるしく考えていた。どうすればよいのか。どのように動くのが最善か。
 隼人が思考を巡らせている間にも、王宮の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていく。
「これはいったいどうしたことだ ⁉」 
 大股で部屋に入ってくるなり、蘇芳が怒声を上げた。
 陽が昇り、河面をおおう霧が少しずつ晴れてくる。回廊に出た蘇芳は眼前に広がる光景──大河を埋め尽くす船団に固唾を呑んだ。
 さしもの猛将も驚愕を禁じ得ず、足がすくむのを感じた。唇が震え、言葉が出てこない。
 確かに倭国にも水軍はある。
 が、倭軍はひたすら陸路を勝ち進み、船団は羅紗の各々の港を守るために配置されていた。
 ここ戴河には一隻の軍船さえ存在しなかったのである。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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