第56話 二つの国の間で

文字数 668文字

 隼人は世界中の人々が同じ言葉を話していたら、もっとわかりあえるかもしれない、などと夢想してみた。
 だが現実はこの小さな倭国の中でさえ、離れた場所に住む者の会話が理解できないでいる。
 人々がみな同じ言葉で語りあうなど、夢のまた夢だ。
 船の問題は曽我水軍のおかげで片づいた。船賃は不要との意向に、家老の結城は感涙にむせび、さっそく感謝をこめた長文をしたためた。
 出兵の数も朝廷の規定に基づいた三百人程度なら、今いる武士だけでまかなえる。武器を持たない領民たちを動員するまでもない。
 武勲などたてる気もないから、大がかりな訓練も必要ない。自身が守れればよいのだ。
 やはり一番の課題は、言葉の習得だろう。
 自分が覚えたら次は片言でいいから、兵たちに簡単なやりとりくらいできるよう教えたい。
 倭国と羅紗国。ふたつの国の言葉が対比して並べられた書物を、隼人は再び読み始めた。

 隼人が草薙で地道に羅紗の言葉を学んでいた頃、中央では出陣の準備が着々と進んでいた。
 総大将はもちろん(ひいらぎ)蘇芳(すおう)。副将は老練の武将、佐伯(さえき)政直(まさなお)
 まずは蘇芳が直接指揮を取る中央軍が、皇軍と都周辺の国々の軍で約一万五千。
 ついで各地の大名たちの軍が、合わせて約六万。少数ではあるが草薙の九条軍もこの中に入る。
 さらに水軍を有する部隊が約二万五千。
 総勢約十万の大軍をもって、蘇芳は羅紗国に戦いを挑もうとしていた。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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