第94話 せめて鳥に

文字数 543文字

 異国で男たちがそれぞれに愛する女たちを想うように、残された女たちもまた男たちを案じていた。
 遠海から城に戻った藤音と桜花は何をするでもなく、二人で向かいあって座っていた。
「順調にいけば殿たちはもう羅紗に着いた頃ね。どうされているかしら。桜花、あなたにはわからなくて?」
 桜花は不思議な力を持った巫女だ。もしかしたら、と期待をこめて問いかける藤音に、桜花はすまなそうに首を振った。
「残念ながら、わたくしには千里眼はございませんので……」
 藤音は、はっとして打ち消すように、
「そうね。無理よね。ごめんなさいね」
「わたくしこそ、お役に立てず、申し訳ございません」
「いいのよ。気にしないで」
 桜花とて隼人や伊織の様子がわかったら、どんなによいかと思うのだが、いくら眼を閉じて想いを馳せてみても、異国の情景は何も視えてはこない。
 二人は口をつぐむと、窓の外に眼をやった。
 この冴え渡った青い空は、羅紗まで続いているだろう。
 無事を祈って待つしかできない自分がもどかしく、藤音は唇を噛んだ。
 せめて鳥になれたらいいのに。
 大きな力強い翼で遠い異国まで飛んでゆけるような──。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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