第103話 地下迷宮
文字数 943文字
翌日、九条軍に下された命令は、残党狩りだった。
大河のほとりに建てられた王宮は南側に湿原が広がり、無数に抜け道が通じている。逃げ遅れた王族や家臣がいないか、探索せよというものだ。
部下たちと共に地下に降りた隼人はあっけにとられて周囲を見渡した。
松明の灯りに照らし出された王宮の地下道は、まるで巨大な迷路だ。目印をつかておかねば、こちらが遭難しそうだ。
九条の城にも抜け道くらいはあるが、規模がまるで違う。
自分たちが迷わぬようきっちりと印をつけ、松明の灯りを頼りに長い道を進むと、やがて王宮の外の湿原に出た。
湿原のむこうには大河が滔々 と流れている。羅紗の王族や重臣たちはここから船で北の地に逃れたのだろう。
湿原を歩き回りながら隼人は不安を覚えた。
足元がぬかるんで思うように歩けない上、葦の葉でさえぎられて視界が悪い。慣れない者には不利な地形だ。
しかも朝夕には濃い霧が出る。王宮の南は大河に面している。ひそかに羅紗の水軍が集結しても、霧が晴れるまではわからないのではないか……。
いくつもの懸念を抱え、歩いていた時だった。近くで何か物音が聞こえたような気がした。
注意深くあたりを見ると、葦の葉で覆い隠された洞穴があり、葦を払いのけて覗くと、中にいた相手と眼が合った。
まだ六、七歳の少年で、仕立てのよい絹の服を身につけており、身分の高い者であることは明らかだった。逃げる途中で供の者とはぐれてしまったのかもしれない。
怯えた瞳で悲鳴を上げようとする少年に、隼人はとっさに自分の唇に人差し指を当てて、静かに、と合図した。多分、万国共通の仕草だろう。
少し離れたところから伊織の声がかかる。
「殿、いかがされました? 人の姿でも?」
「いや、ここには誰も。他を当たってみよう」
いかに総大将の命令とはいえ、あのような幼い者を捕らえたところで何の意味があろうか。
少年に小さくうなずいてみせると、隼人は再び葦の葉で洞窟の入り口を覆った。
結局、丸一日かけて探し回ったが、九条軍はひとりの残党も発見することなく、柊蘇芳の冷笑を浴びたのだった。
大河のほとりに建てられた王宮は南側に湿原が広がり、無数に抜け道が通じている。逃げ遅れた王族や家臣がいないか、探索せよというものだ。
部下たちと共に地下に降りた隼人はあっけにとられて周囲を見渡した。
松明の灯りに照らし出された王宮の地下道は、まるで巨大な迷路だ。目印をつかておかねば、こちらが遭難しそうだ。
九条の城にも抜け道くらいはあるが、規模がまるで違う。
自分たちが迷わぬようきっちりと印をつけ、松明の灯りを頼りに長い道を進むと、やがて王宮の外の湿原に出た。
湿原のむこうには大河が
湿原を歩き回りながら隼人は不安を覚えた。
足元がぬかるんで思うように歩けない上、葦の葉でさえぎられて視界が悪い。慣れない者には不利な地形だ。
しかも朝夕には濃い霧が出る。王宮の南は大河に面している。ひそかに羅紗の水軍が集結しても、霧が晴れるまではわからないのではないか……。
いくつもの懸念を抱え、歩いていた時だった。近くで何か物音が聞こえたような気がした。
注意深くあたりを見ると、葦の葉で覆い隠された洞穴があり、葦を払いのけて覗くと、中にいた相手と眼が合った。
まだ六、七歳の少年で、仕立てのよい絹の服を身につけており、身分の高い者であることは明らかだった。逃げる途中で供の者とはぐれてしまったのかもしれない。
怯えた瞳で悲鳴を上げようとする少年に、隼人はとっさに自分の唇に人差し指を当てて、静かに、と合図した。多分、万国共通の仕草だろう。
少し離れたところから伊織の声がかかる。
「殿、いかがされました? 人の姿でも?」
「いや、ここには誰も。他を当たってみよう」
いかに総大将の命令とはいえ、あのような幼い者を捕らえたところで何の意味があろうか。
少年に小さくうなずいてみせると、隼人は再び葦の葉で洞窟の入り口を覆った。
結局、丸一日かけて探し回ったが、九条軍はひとりの残党も発見することなく、柊蘇芳の冷笑を浴びたのだった。