第69話 許嫁として

文字数 601文字

「要は和臣どのが無事に帰ってくればよいのです。約束は待つ女にとって、心のよりどころとなる大切なもの。わたくしだけでは不足なら、殿にも立会人となっていただきますが」
「ふ、不足などと、めっそうもございませぬ!」
 すっかり冷静さを失い、狼狽する和臣に藤音がにこやかに笑う。
「では、異存はありませんね。わたくしが二人の婚約を認めましょう」
「ありがとうございます、奥方さま。心から感謝いたします」
 瀬奈はもう一度深々と頭を下げると、和臣の方に向き直った。
「どうぞご無事にお戻りくださいませ。瀬奈は和臣さまの許嫁として、お帰りをお待ちいたします」 
 思いもよらない展開に、和臣は観念したように微笑した。
「奥方さまのご命令とあらば逆らえませぬな。瀬奈どの、待っていてください。必ず生きて帰ります」
 はい、とうなずく瀬奈の眼には涙が光っている。
 一連のやりとりを聞きながら、伊織は口の中でうなっていた。
 兄に婚約するような相手がいたのも驚きだが、それ以上に感心したのは思慮の深さだった。
 相手のためを思えばこそ、婚約を延ばしていたとは。
 比べて、自分はそんなことはろくに考えもせず、昨夜は桜花と寄り添い(誓いを守ってあくまで添い寝だが)互いの体温を感じながら、いつしかぐっすり眠りについてしまった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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