第61話 静かな夜
文字数 594文字
優しいまなざしで、伊織は桜花にむかって手を差しのべた。
「おいで──桜花」
桜花はためらわず、まっすぐに伊織の懐に飛びこんでいく。
甘やかで、切ない夜。
二人はひとつの寝具に身を寄せあい、桜花はくすっと笑った。
「覚えてる? 子供の頃、やっぱりこうして一緒に眠ったわ」
「だいぶ昔の話だがな」
「ねえ、伊織」
間近で瞳を見つめ、頬にふれる。
「わたし、あなたが帰ってくる時までには、きっと後任の者を探しておくわ。住む家も整えて、すぐにあなたに嫁げるように準備しておきます。だから、きっと無事に戻ってきて……」
愛おしさがこみあげ、伊織は桜花を強く抱きしめた。桜花も細い腕を伊織の背中に回す。
今夜、この国で。いったいどれほど多くの家族が、夫婦が、恋人たちが、別れを嘆いているだろう。
人々の哀しみの気配を感じながら、桜花は伊織の腕に抱 かれて眼を閉じた。
静かな夜だった。
耳をすませると、館の中にいても、わずかに波音が聞こえてくる。
先刻までは明日の出陣にそなえ、あれこれと手配や指図に忙しかったのだが、夜ふけともなれば訪れる者とてない。昼間の喧騒が嘘のようだ。
「お疲れになられたでしょう」
いたわりをこめて声をかける藤音に、隼人は少しね、と微笑してみせる。
「おいで──桜花」
桜花はためらわず、まっすぐに伊織の懐に飛びこんでいく。
甘やかで、切ない夜。
二人はひとつの寝具に身を寄せあい、桜花はくすっと笑った。
「覚えてる? 子供の頃、やっぱりこうして一緒に眠ったわ」
「だいぶ昔の話だがな」
「ねえ、伊織」
間近で瞳を見つめ、頬にふれる。
「わたし、あなたが帰ってくる時までには、きっと後任の者を探しておくわ。住む家も整えて、すぐにあなたに嫁げるように準備しておきます。だから、きっと無事に戻ってきて……」
愛おしさがこみあげ、伊織は桜花を強く抱きしめた。桜花も細い腕を伊織の背中に回す。
今夜、この国で。いったいどれほど多くの家族が、夫婦が、恋人たちが、別れを嘆いているだろう。
人々の哀しみの気配を感じながら、桜花は伊織の腕に
静かな夜だった。
耳をすませると、館の中にいても、わずかに波音が聞こえてくる。
先刻までは明日の出陣にそなえ、あれこれと手配や指図に忙しかったのだが、夜ふけともなれば訪れる者とてない。昼間の喧騒が嘘のようだ。
「お疲れになられたでしょう」
いたわりをこめて声をかける藤音に、隼人は少しね、と微笑してみせる。