第149話 胸の奥で

文字数 777文字

 まずは話をしてみなくては。進み出ようとする隼人に、阿梨は水軍の兵に目配せして、布で巻かれた長い包みを渡した。
「これを持っていくがいい。そなたの刀だ。今まで預かっていた」
 が、隼人は一度受け取った包みを、再び兵の手に戻した。
「配慮は感謝しますが、これはもう少し預かっておいてもらえませんか。仲介役のわたしが武装していては相手も心を開いてはくれないでしょう」
 無防備すぎる行動に、阿梨は唖然として思わず叫んでいた。
「丸腰で行く気か⁉」
「話し合いに行くのです。武器は必要ありません」
「だが人質を取るくらいだ。連中は追いつめられて殺気立っているはずだ」
「だったら、なおさらです。それにわたしは剣は苦手なのですよ。持って行ったところで、たいして役には立たないでしょう」
 阿梨は呆れ果てた顔つきで、
「そなたも相当、頑固だな」
「そうでしょうか」
 心外そうに首をひねる本人は、おおよそ自覚がないらしい。
 ううっ、と口の中でうなり、阿梨は額に手を当てた。
 こういう手合いが一番厄介なのだ。正論でくるから反対しづらいし、そのくせ危なっかしくて放っておけない。
 ごく短い時間、思案すると阿梨は心を決めた。
「わかった。そなたの意志を尊重しよう」
 自分より少し背の高い隼人を見上げ、真摯な瞳で告げる。
「ただし、そなたの身に危険が迫った時は、わたしはそなたの同胞に対して、ためらわずに弓を引く。よいな?」
 胸の奥で声がする。この者を死なせてはならないと。
 隼人はわずかに笑むと、阿梨たちを残してひとり歩き出した。
 朽ちた城門の手前まで差しかかった時だ。足もとにひゅん、と矢が飛んできた。
 続けざまに二本目の矢が隼人の髪をかすめ、地面に落ちる。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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