第31話 うってつけの人材

文字数 576文字

「よかった、如月が来てくれて」
 心底、安堵する藤音の様子に、如月は不審げに問いかける。
「どうなさいましたの、藤音さま? 客人に何か言われましたの?」
「都に来ないかと誘われたわ。側室にして思うまま贅沢をさせてやると」
「んまぁ、何ですって⁉」
 よりにもよって当主の奥方に言い寄るなど、とんでもない輩だ。 
 藤音をかばうように立ち、如月は蘇芳を睨みつけた。
 蘇芳は飄々とした表情で、やれやれ、邪魔が入ったな、という風に肩をすくめてみせる。
 いったい何者なのだろう、この柊蘇芳という人物は。
 藤音にも如月にもわからないことだらけだ。
 なぜ城の主である隼人は自分の席を明け渡しているのか。どうして皆このような横柄な客を黙認しているのか。
「わからぬのなら確かめるしかございませんね」
 軽く唇を噛むと、如月はあたりに視線を巡らせた。誰か、適当な相手をつかまえて、この理不尽な事態を説明してもらわなくては。
 そこへちょうど空になった膳を持った伊織が通りがかり、如月はにんまりと笑った。話を聞くにはうってつけの人材だ。
「伊織どの」
 廊下の隅で如月は小声で呼び止め、手招きする。
 忙しげに動いていた伊織は膳をかかえたまま、二人のもとへやって来た。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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