第72話 運命の歯車

文字数 501文字

 追い風に恵まれ、真砂までの海路は順調だった。予定より早く船は夕刻には港に到着した。
「おお、隼人どの、よくおいでになられた」
 船着き場には水軍の当主である曽我兼光が自ら迎えに出ていた。隼人が船から降りて来ると、親しみをこめて両手を握ってくる。
 長年、海に生きてきた者の節くれだった手を、隼人は力強く握り返した。
「この度はお力添えをいただき、誠にありがとうございます。将兵を代表して心からお礼を申しあげます」
「なんの、行く先は同じ場所。ついでのようなものです」
 輸送船からは次々と人と荷が降ろされていく。今夜のうちに兵と荷は各々の軍船に振り分けられ、明朝には羅紗へ向けて出港する。
 人々が慌ただしく行きかう港の光景に、隼人は感慨深く視線を向けた。
 よもや、このような日が来ようとは。
 小さな領地での、ささやかな暮らし。隣国の白河との争いも終わり、もう戦など無縁だと信じていた。
 だが、止められぬ奔流の中、(きし)みながら歯車は回り始めていた。
 羅紗へ。
 まだ見ぬ異国へと。




第一部 完
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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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