第90話 進軍

文字数 669文字

 総大将の命令に従い、次の日から九条軍は進軍を開始した。
 司令官の敷島はちらりと顔を出しただけだったが、曽我兼光は自分の率いる水軍と共に出立を見送ってくれた。
「曽我さま、この度は羅紗までの海路を送っていただき、誠にありがとうございました」
 隼人が心から礼を述べると、兼光は首を横に振り、
「いやいや、大したことではござらん。これで終わりではありませんぞ。行程はまだ半ば、帰りもあるのですからな」
 さようですね、と隼人もうなずき、いくぶん表情を曇らせて、
「実はひとつ、気がかりがございます」
「ほう、気がかりとは?」
「曽我さまならご存知とは思いますが、羅紗国の水軍のことです」
 なるほど、と兼光は相槌を打った。
「わたしはここに来る前、この国についていろいろ学びました。その中で羅紗の水軍は特殊な存在であることも知りました」
 羅紗の水軍は国王の臣下ではない。海の民・海龍(かいりゅう)一族が率いる船団だ。
 臣下ではないが、代々王室とは友好関係を保ち、実質的には羅紗の水軍を担っていると言っていい。
「今の時期、海龍一族は西風に乗って交易に出ているはずです」
 羅紗は鎖国政策をとっているが、自由な海の民は束縛を受けず、独自に交易を行っている。
「しかしこの事態を知れば、必ずや引き返してくるでしょう」
 今までの航海とて安全が保証されていたわけではない。万が一、遭遇した場合に備える意味もあって、兵を分散させて軍船に乗せたのだ。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み