第81話 水に流して
文字数 598文字
波音だけが響く暗がりの中で唇を噛む。
かつて和臣と桜花の間に起こった「出来事」
いかに鬼に操られていたとはいえ、自分があの少女にしてしまった仕打ちを思い返すと、今も胸が痛む。
伊織は考え考えしながら、慎重に言葉を探した。
「お気持ちはわかりますが、ご自分を責められますな。むしろ桜花は兄上に怪我を負わせてしまったことを悔いております」
和臣は首を振って強く否定する。
「桜花どのに非はない。原因はすべてわたしにあるのだから」
「あれは不幸な事故のようなもの。過去として水に流してよいと思います。桜花はいつまでも人を恨むような娘ではないのは、兄上もよくご存知のはず」
そうだな、と和臣はぽつりと答えた。
「桜花どのは清らかで優しい娘御だ。天女の末裔と呼ばれるのも、わかる気がする」
誰よりも桜花を知る伊織は、いささか美化しすぎではないかと思ったが、黙っておいた。
確かに優しく健気であることは間違いない。
が、あれでけっこう怒る時は怒るし、おそろしく涙もろいし……。まあ、そんなところも可愛いと言えば可愛いのだが。
「兄上が祝言を挙げる時は、ぜひ桜花と二人で列席させてください。そして自分たちの時も、どうぞ瀬奈どのとご一緒に出席ください」
弟の心のこもった言葉に和臣は柔らかな表情でうなずいた。いくらかでも胸のつかえが下りた気がした。
「そのためには、必ず生きて帰らねばなりませんな」
「もちろんだ。互いにな」
かつて和臣と桜花の間に起こった「出来事」
いかに鬼に操られていたとはいえ、自分があの少女にしてしまった仕打ちを思い返すと、今も胸が痛む。
伊織は考え考えしながら、慎重に言葉を探した。
「お気持ちはわかりますが、ご自分を責められますな。むしろ桜花は兄上に怪我を負わせてしまったことを悔いております」
和臣は首を振って強く否定する。
「桜花どのに非はない。原因はすべてわたしにあるのだから」
「あれは不幸な事故のようなもの。過去として水に流してよいと思います。桜花はいつまでも人を恨むような娘ではないのは、兄上もよくご存知のはず」
そうだな、と和臣はぽつりと答えた。
「桜花どのは清らかで優しい娘御だ。天女の末裔と呼ばれるのも、わかる気がする」
誰よりも桜花を知る伊織は、いささか美化しすぎではないかと思ったが、黙っておいた。
確かに優しく健気であることは間違いない。
が、あれでけっこう怒る時は怒るし、おそろしく涙もろいし……。まあ、そんなところも可愛いと言えば可愛いのだが。
「兄上が祝言を挙げる時は、ぜひ桜花と二人で列席させてください。そして自分たちの時も、どうぞ瀬奈どのとご一緒に出席ください」
弟の心のこもった言葉に和臣は柔らかな表情でうなずいた。いくらかでも胸のつかえが下りた気がした。
「そのためには、必ず生きて帰らねばなりませんな」
「もちろんだ。互いにな」