第157話 差しのべられた手

文字数 690文字

「いかがした?」
「なぜ戦をしかけたのかという、国王陛下の問いを思い出していました。あの時はすぐには答えられませんでしたが、原因のひとつは羅紗の鎖国政策にあります」
 鎖国か、と阿梨もまた真顔でなぞらえた。
「羅紗国には独自の文化と伝統があることは知っています。ですが、国を閉ざしていては、交流も発展もできません」
「そなたの申す通りだ。世界は刻々と動いているのに、自国のみに閉じこもっているなど、愚かな行為だ」
「どうか国王陛下が外に向かって国を開かれますよう、あなたから進言してください」
 承知した、と阿梨は答えた。
「側近どもが頭が固くて厄介だが、殻にこもっている時代ではない。そなたの意見、しかと父上に伝えよう」
 すぐには無理かもしれない。されど時代も人も動く。父の代にはかなわずとも、白瑛の代には、きっと。
 阿梨は海風を吸いこむと、隼人をまっすぐに見つめた。
「隼人、このままわれらと共にゆかぬか」
 先刻、水軍の軍師にと乞うた言葉は偽りない本心だ。
「え……?」
 唐突な申し出に、隼人は息を呑んで阿梨を見つめ返す。
「われらは自由な海の民だ。風を追い、心の向くまま大海原を移動する。何者にも束縛されない。そなたの考え方はわれらと似ている」
 それは心を揺さぶるのに充分な誘いだった。いつも憧れていた。小さな領地の小さな城で、はるか彼方の広い世界を夢見ていた。
 ただうなずいて差しのべられた手を取るだけでいい。今なら、自由になれる。すべてのしがらみから解き放たれて。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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