第36話 妬ましさ

文字数 526文字

 宮中で、たまたま出会った自分に叔母は柔らかく笑いかけた。
 優しげな母に手を引かれ、まだ幼い隼人は珍しそうにあたりをきょろきょろと見回している。
「まあ、蘇芳さま。すっかり成長されて、ご立派になられましたね。隼人、あなたのいとこの柊蘇芳さまですよ。ご挨拶なさい」
 母に言われ、幼い息子はぺこりと頭を下げた。
「初めまして。九条隼人と申します」
 人懐こい、屈託のない笑顔。よくできましたね、と母に褒められ、はにかみながら笑い返す姿。
 その瞬間だった。蘇芳がこのいとこを大嫌いになったのは。
 母と子はあんな風にうちとけて笑いあうものなのか。驚きでもあり、妬ましくもあった。
 慣習に従い、蘇芳は女官たちに育てられていた。父にも母にも会う機会はめったになかった。
 母が叔母のように親しみをこめて笑いかけてくれた記憶など、いくら思い返してもありはしない。
 九条の小さな城の広間で酔った人々が陽気に騒ぐ中、蘇芳はひとり胸に手をやった。
 自分は正式な皇族であり、帝に寵愛された甥であり、権力も財力も持っている。このちっぽけな城の主などと比べるまでもない。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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