第52話 船賃の代わりに

文字数 465文字

「ひとつ、おたずねしたいのですが」
「何ですかな」
「行きと帰りとを合わせて、どのくらいの船賃をお支払すればよろしいでしょうか」
「船賃など要りもうさぬ」
「そうはまいりません。どうかお教えください」
 うむ、と兼光はうなった。
「では、こういたしましょう。船の上ではいろいろと人手が要りまする。草薙の方々は自分の兵糧を持参し、あとは櫓をこいだり、帆を上げたり、船の運航を手伝っていただく。いわば労働が船賃代りですな」
「本当にそのようなことでよろしいのですか」
 武士に二言はございませぬぞ、と兼光は豪快に答える。
 恐縮しつつも隼人は内心ほっとしていた。
 何しろ草薙には資金がない。やりくりに苦労している家老の結城が狂喜する姿が眼に浮かぶようだ。
「このご恩は終生忘れません。万が一、何かお困りになった折には、ぜひ草薙をお頼りください。われら、全力でお助けいたします」
「それは心強い」
 眼尻に皺を寄せ、兼光は頼もし気に笑った。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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