第13話 夫と共に

文字数 589文字

「はっきりと言わなくては通じないようですわね。桜花、わたくしから殿に申し上げてもよろしくて?」
「はいっ、ぜひに」
 桜花は力をこめて返事をした。
 遠回しに言っていては、なかなか気づいてもらえない主だ。奥方から説明してもらえるなら願ってもない。
「つまり、巫女のままでは伊織どのもとへ嫁ぐことはできない──だから桜花は今の役目を辞したいと申しているのですわ。桜花、これで間違いはありませんね?」
「その通りでございます、藤音さま」
 ぽかんと口を開けていた隼人は、数秒たってからやっと、ぱん、と手を叩いた。
「ああ、そういうことか!」
 やっとわかってくださいましたのね、と藤音がいささか疲れた声を出す。
「それはめでたい。そういう理由なら、むろん引き止めはしませんよ。で、祝言はいつ?」
「お気が早すぎます、殿」
 身を乗り出す隼人に答えたのは伊織である。続いて桜花が、
「辞する前に後任の者を決めねばなりません。祖父とも相談して、九条家にお仕えするのにふさわしい神官か巫女を探さなくては」
 そこで一度、言葉を切り、桜花は再び頭を下げた。辞する前にどうしても伝えておきたい想いがある。
「たとえ巫女の座を降りましても、わたくしは天宮の娘。家系に伝わる力を継いだ者として、九条家をお護りするべく、生涯、夫と共に力をつくす所存にございます」
 桜花の真摯な言葉に、隣に座っていた伊織も改めて深く頭を下げた。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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