第50話 縁組の意向

文字数 554文字

「実はな、隼人どの──」
 いささか意味ありげに微笑して兼光が口を開く。
「隼人どのが奥方を迎えられたと聞いた時は、わしも茉莉香もひどく落胆したものです」
「は?」
 言わんとする意味がよくわからず、きょとんとする隼人の前で姫がさらに赤くなる。
「茉莉香がもう少し成長したら、と考えておりましたが、もっと早めに婚約の申し入れだけでもしておくべきでした」
 あんぐりと口を開けたまま、隼人は老当主と孫娘を交互に眺めた。どうやら自分のまったく預かり知らぬところで縁組の意向があったらしい。
「わしにも嫡男がおりましたが、戦死しました。跡継ぎがいない今、羅紗行きも老いたわしが指揮を取らねばなりますまい」
 兼光は遠い眼をして、わずかに吐息する。
「茉莉香は息子の忘れ形見。この娘は以前お会いした時から、隼人どのを慕っております。わしも長年、手塩にかけてきた曽我水軍を貴殿のような若者に託したかった。今となっては年寄りの繰言ですが……」
 何と答えてよいかわからず、隼人が黙ったままでいると、兼光は孫娘に優しいまなざしを向けた。
「茉莉香、わしと隼人どのはこれから(いくさ)の話をしなくてはならんのでな、そなたは少し下がっていなさい。話が終わった後で庭を案内してさしあげるとよい」
 姫は、はい、と素直にうなずくと、一礼して客間から去っていった。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み