第9話 しみじみ語っていたら

文字数 481文字

 翌日、伊織は見るからに眠そうだった。話好きな祖父に夜遅くまで延々と付きあわされたに違いない。
「ごめんなさいね、伊織」
 城下へ戻る道すがら、桜花はすまない思いで詫びた。
「おじいさまは普段はひとりで暮らしているから、話し相手ができて嬉しかったのだと思うわ。ちょっとはしゃぎすぎのような気もするけど……」
 まあ、たまにはいいさ、と伊織が鷹揚に言葉を返す。
「でも、家族というのはよいものだな」
 突然言われて桜花は首をかしげた。何か、特に伊織の印象に残るような出来事があっただろうか。
「一緒に笑って、うちとけて食事をして、とても暖かい気がした」
「伊織……」
 桜花にとってはごく当たり前の光景が、伊織には特別なものだったのだ。
 しみじみ語っていたら、早くも桜花は涙目状態になっていて、伊織はぎょっとした。
 失念していた。桜花は人一倍、涙もろいのだ。
「待て、泣くなっ。桜花も知っているように、別に俺とて天涯孤独というわけではないぞ。ちゃんと立派な家もある」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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