第152話 手の温かさ

文字数 720文字

 しかしこのまま籠城を続ければ、彼らを待つのは確実な死だ。
「人質を誰も傷つけていない今なら、まだ間に合う。白河の者たちよ、武器を捨てて投降して欲しい」
 遠い異国で藤音がつないでくれた(えにし)だ。無駄にしたくない。
 長い沈黙が流れた。やがて彼らは天を仰ぎ、互いにうなずきあうと、手にしていた弓と刀を足もとに置いた。
 この異国で、最後に自分たちの言葉を、想いを理解してくれる者と巡り会えた。それだけでも僥倖(ぎょうこう)というものだ。
 成り行きを静観していた水軍の兵たちが一斉に駆け寄り、閉じこめられていた廃屋から人質を解放する。
 三人の敗残兵は抵抗することなく捕縛された。阿梨の指示で手荒な真似はされなかった。
 捕縛された者たちを連れ、一行は荒涼とした道を引き返していく。
 港では国王と白瑛が待っていた。
 三人は王の前に引き出され、膝をついて頭を垂れた。
「この者たちもまた、異国に置き去りにされた戦の犠牲者です。どうか寛大な処置を願いたく存じます」
 彼らの行為が重罪であるのは承知している。されど、どうにかしてその命をつなぎたい。
 必死にとりなす隼人に国王は、
「今回の件は阿梨に一任してある」
 と言っただけだった。
 隼人は訴えかけるように目線を向けたが、阿梨は厳しい表情を崩さない。
「無事だったとはいえ、わが国の民を人質に取ったこと、許しがたし」
「姉さま……」
 白瑛が不安げに阿梨の手を握ってくる。
 弟の手の温かさを感じながら阿梨は思った。幼いながらも白瑛は、眼の前の弱い立場の者たちを心から心配している。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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