第138話 世継ぎ

文字数 876文字

 如月が城に赴いたのは、藤音が体調を崩してから数日後だった。
 城の広間には家臣たちが集い、しきりに首をひねっている。
「いくら奥方さまの名代とはいえ、その乳母がわれらを招集するとは、いかなる了見でありましょうな」
「まあ、あの如月どのですから、深い考えがあってとは思いますが」
 身分的には奥方の乳母であるが、賢く剛毅な如月は家臣たちにも一目置かれている。
 いずれにせよ、わざわざ招集されずとも家臣たちは例の問題──行方知れずの隼人の後継者を誰にするかで、連日の会議なのである。
 どこの分家の誰を選ぶか、話し合いは平行線のまま、時間ばかりが不毛に過ぎていく。
 そうこうしているうちに如月が広間の上座に姿を見せた。
 華美ではないが上品な白い打掛をはおり、きりりとした正装だ。
「皆さま、本日はお集りいただき、誠にありがとうございます」
 口上を述べながら如月は家臣一同を見渡した。
「本来なら奥方さまご自身で皆さまにお知らせするところですが、あいにくつわりでご気分がすぐれず、代わりにわたくしがまかり越しました」
 さざ波のようなざわめきが、家臣たちの間に湧き起こる。
「つわり、ですと……?」
 唖然として訊き返す家老の結城に、さよう、と大きくうなずいてみせる。
 藤音には黙っていたが、隼人の後継者問題は如月の耳にも入っている。
 まったく、殿が少しばかり不在になったからといって、あたふたと次を選ぼうとは……肝のすわっていない家臣どもだ。
 その肝のすわっていない連中に向けて、如月は誇らし気に告げた。
「皆様の心配はごもっともなれど、お世継ぎの問題なら、もはやご懸念には及びませぬ。奥方さまはご懐妊されておられます」
 間違いない。薬師にも診てもらい、太鼓判を押されている。
「男子であろうと姫であろうと、生まれてくる赤子こそが、九条家の血を引く正当な跡継ぎでございましょう」
 かくして、この日をもって隼人の後継者探しは幕を閉じたのだった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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