第15話 痴話げんか

文字数 514文字

 その時。うおっほん、と、大きな咳払いが背後から聞こえた。同時に振り返ると、藤音の乳母である如月が立っている。
「お二人とも、昼間からお城の廊下の真ん中で痴話げんかでございますか」
「いえ、別に、そのようなものでは……」
 赤面して、もごもごと反論する伊織にはかまわず、
「まったく、近頃のお若い方々は……」
 と渋面を作ってみせる。
「仲のよろしいのは結構ですが、場所がらをわきまえてくださらねば。だいたいですね……」
「申し訳ありませぬ。以後、気をつけまするっ」
 如月の小言をさえぎるようにして、伊織は桜花の手を引き、そそくさと逃げ出す。
 逃げこんだのは城内で伊織が使っている部屋。二人は息を弾ませながら、顔を見あわせ、笑い出した。
「まさか、あんなところで如月どのに会おうとはな」
 如月はこの城ではいわば新参者だが、貫録充分、歯に衣着せぬ強者(つわもの)である。
 ひとしきり笑うと、桜花は少し真面目な顔つきになった。
「気をつけないといけないわね。お城の中ですもの、いつ、どこで誰に会うかわからないわ」
「同感だな」
「でも、よかった。お許しがいただけて」
 隼人のことだから理不尽な反対はされまいと思っていたが、それでも許可を得るまでは多少不安だったのだ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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