第99話 懸念

文字数 792文字

 長い石の回廊を進むと、河に面した豪奢な室内に蘇芳はいた。かつては国王が使っていた部屋だろう。
「おや、わがいとこ殿はやっと着いたか」
 宝石がちりばめられた豪華な玉座に足を組んで座り、蘇芳は上機嫌で隼人を迎えた。今や彼は羅紗国を手に入れたも同然だった。
「聞いたぞ。来る途中、あちこちで野垂れ死した連中の墓を作ってやっていたとか。お優しいことだな」
 嫌味交じりの言葉には答えず、隼人は胸に手を当てて一礼した。
「九条軍、ただいま王都に到着いたしました。総大将におかれましては、この度のご活躍、お喜び申し上げます」
 勝利、などという言葉は使いたくなかった。
 慎重なもの言いをする隼人に蘇芳はふん、と鼻を鳴らし、
「まあいい、ちょうど今は軍議の最中だ。おまえも加わるといい」
「軍議?」
 隼人が訊き返すと、そばにいた年配の武将が教えてくれる。
「これからの方策について詮議しておりました。王都よりさらに北の地まで進軍するべきか。占領した地の統治をどうするか。逃亡した国王や王族の行方の探索や処遇などです」
 なるほど、見れば蘇芳の両側にはずらりと羅紗まで遠征してきた武将たちが居並び、机にはこの国の大きな地図が広げられている。
「九条どのは王都に来られたばかり。途中の街道で何か気になったことなどはおありですかな?」
 かたわらの老武将に問われ、隼人はためらいがちに口を開いた。
「ひとつ、気がかりなことが……」
「ほう、それは何だ?」
 蘇芳が興味ありげに身を乗り出してくる。
「これは最初に着いた港・麗江でも感じた懸念ですが、羅紗の水軍についてです」
 麗江で別れる時、曽我水軍の将、兼光とも話した件だ。
 蘇芳はつまらなそうに、
「ああ、そのことか」
 と椅子にふんぞり返った。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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