第155話 戦友

文字数 758文字


 北の地・玉水で国王と合流した船団は一路、王都を目指していた。帰路は追い風、順調な航海だ。
 晴れ渡った空の下、甲板にいた隼人に阿梨が声をかけてくる。
「こんな所で何をしている?」
 海を見ていました、と隼人は振り返りながら答えた。
 この海は倭国に──藤音のいる草薙へと続いている。愛しい者が待つ場所に。
 けれど、いつ帰れるのか、その日はわからない。
 隼人の隣に立ち、阿梨は群青の海原に眼をやった。
「われわれの船は明日、王都を目指して河へと入る」
 羅紗の王都・戴河(たいが)は海から大河をさかのぼった位置にある。
 ひとつに結んだ長い髪を潮風になびかせながら、阿梨は波頭の立つ前方を見すえた。
「王都奪還の時だ。南の湿原で、重い甲冑をつけて身動きがとれぬ倭軍の中で、軽装の一群がいた。彼らは先陣を切り、果敢に戦っていた。あれはそなたの率いた部隊であろう?」
 ええ、と誇らしい思いで肯定する。彼らは草薙の勇敢な将兵たちだ。
「あの霧を利用して戦略を立てたのは、阿梨、あなたですね?」
 いかにも、と阿梨は腕組みをしてうなずいた。
「小さな頃から王都と海を行き来していた。地形も気象も知りつくしている。わたしにとっては庭のようなものだ」
 見事な策でした、と隼人が感服すれば、そなたもな、と阿梨が微笑する。さながら長年の戦友のように。
「そなたは実に知恵者だな。わが水軍の軍師に欲しいくらいだ」
「あなたがいれば軍師など不要でしょう」
 ひとしきり笑いあった後、阿梨はふと隼人の格好に違和感を覚え、問いかけた。
「ところで刀はどうした? なぜ身につけておらぬ?」
 玉水での騒ぎの後、刀は本人に返還されたはずだ。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み