第123話 人質としての価値

文字数 730文字

「わたしの名は、九条隼人。草薙の九条軍の将を務めていた」
 自分で質問しておきながら、隼人が羅紗語で答えると少女は眼を見開いた。
「そなたは羅紗の言葉が話せるのか?」
「少しだけだが。この国に来る前に学んだ」
「驚いたな、倭国の人間の中に羅紗の言葉を話せる者がいるとは」
 それに、九条軍、とはどこかで名を聞いたような気がする。
 隼人が羅紗語に熟練していないのを知ると、阿梨は刀を突きつけたまま、はっきりとした語調で話し出した。
「ひとつ聞きたい。そなたに人質の価値はあるか?」
 隼人はいいや、と小さく首を横に振った。
「総大将の柊蘇芳は冷酷な男だ。さらにわたしにはよい感情を持っていない。たとえ倭軍の前にわたしを引き出したとしても、笑いながら見殺しにするだろう」
「人質としての価値はない、か」
 阿梨はふん、と口の中でつぶやいて刀を収めた。白瑛があわてて隼人の枕もとに駆け寄る。
「なぜ、わたしはここに?」
 戦場で刃を受けて意識を失い、後は全くわからない。
「身分が高そうだ。人質として使えるやもしれぬと部下がそなたを本陣まで連れてきた。王子がそなたは自分の命の恩人だと言うから、願いを聞き入れて助けたまでのこと」
「感謝します、王女」
 少女は阿梨でいい、とそっけなく言った。
「王女などと呼ばれるのは性にあわん。わたしは海龍一族の阿梨だ。礼なら弟に申すがいい」
 用事は済んだとばかり、阿梨は扉の方角へと踵を返す。
「部屋からは出ない方がいいぞ。倭国の人間に恨みを抱いている者は、この船にも山ほどいるからな。もっともその怪我では動きたくとも動けまいが」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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