第19話 領主のあり方

文字数 568文字

 父は領地の細かい内情などは、ほとんど家臣たちにまかせ、自分は都の政情や、今どこで戦が起こっているのか、次は誰が上洛するのか、もっぱら国の外の情勢に心をくだいてきた。
 しかし隼人は違う。領内と領民に気をくばり、この国に関わってこない限り、誰が上洛しようと、ほとんど興味を示さない。
 城にいる間は毎日、領地内でのさまざまな報告を受けるし、時には伊織たち少数の供だけを連れて視察に出かける。
 そのため国中の者によく顔が知られているし、親しまれてもいる。
 厳格だった父とは、真逆に近い。
 今日の分の報告は例の陳情で最後だった。隼人はうーん、と伸びをすると、藤音の方に視線を向けた。
「藤音」
 はい? と藤音も隼人を見る。
「これで今日の仕事はおしまいだ。時間も早いし、よかったら、城の中で案内したいところがあるのだけど」
「このお城の中を、でございますか?」
 藤音は不思議そうな顔をした。半年近く暮らしたこの城で、どこかまだ自分の知らない場所があるのだろうか。
 乱世の常で城の地下に抜け道くらいはあるだろうが、そういう類とも別のようだ。
「わたしの個人的な秘密の場所なんだ。確か藤音にはまだ教えていなかったと思うのだけど」
 くすっと藤音は笑った。秘密の場所などと、一国の領主が(わらべ)のようなことを言う。
「ええ、存じませんわ。ぜひ連れて行ってくださいませ」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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