第102話 美談の真相

文字数 864文字

 嘆いたところで仕方がないと思ったのか、佐伯は話題を変えるように、
「そういえば王都への道すがら、九条軍の方々は倭国の者も羅紗国の者も、亡骸を丁重に葬ったとか。まこと、ご立派な心がけですな」
 感心する佐伯の横で隼人は照れたように頭の後ろに手をやる。
「すっかり美談にされていますが、実は情だけで行ったわけではないのですよ」
 佐伯が不思議そうに隼人の顔を眺める。
「どういう意味ですかな?」
「もちろん戦で命を落とした者たちを弔ってやりたいという気持ちはありましたが、あれは疫病対策だったのです」
「疫病、とな……」
 半ばぽかんとして佐伯は隼人の台詞を反芻した。
「死骸を放置すれば腐敗し、疫病の原因となります。ただでさえ慣れぬ異国で兵たちは疲れています。もし一度発生すれば、たちまち多くの兵の間で感染しかねません。わたしには彼らをこのような異国まで率いてきた責任があります。疫病などで死なせるわけにはまいりません」
 むろん戦でも一兵たりとも失いたくはないのだが。
 だから隼人はいくつかの注意点を兵たちに指示した。
 葬る穴はなるべく深く掘ること。遺骸には決して素手では触れないこと。終わったら、できるだけ手を清潔にすること。
 すべては弔いと同時に疫病対策でもあったのだ。
 佐伯は隼人の説明を聞きながら、驚き、また感服していた。
 草薙の若き当主は賢明だという噂は真実のようだ。この若者はただ優しいだけではない。冷静で知略にすぐれた人物なのだ。
 ふと佐伯の脳裏に柊蘇芳の姿が浮かんだ。もしもこの二人が手を携えたら……と老武将は想像してみた。
 蘇芳の威厳と勇猛さ、そして隼人の知恵と情の深さ。この二つが合わされば今後の羅紗国の平定と統治も、より良いものになるに違いない。
 だが、所詮は夢物語だろう。
 理由はわからぬが蘇芳は隼人を(うと)んじているし、同じ血を引くいとこ同士でありながら、二人はあまりにも違いすぎた。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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