第20話 秘密の場所

文字数 611文字

 打掛もはおらず、身軽な小袖姿で藤音は隼人に手を引かれ、城の中庭を歩いていった。二人きりの時は着飾る必要もない。
 庭の片隅にその建物はあった。木立の中、簡素な木造りの、掘っ建て小屋と呼んでもいいような代物だ。
「こちらで、ございますか」
 なかば呆気にとられる藤音をよそに、隼人は簡単な(かんぬき)を外す。
「さあ、どうぞ」
 (いざな)われ、足を踏み入れた藤音は驚いて内部を見回した。
 壁の棚にはびっしりと本が並べられ、机の上には怪しげな液体の入った瓶やら、植物やら、鉱物などが置かれている。
 広げられたままの本は異国の言葉で綴られ、まったく読めない。
「少し散らかっているけど、気にしないで座って」
 机に面した椅子を引かれ、言われるまま腰を降ろす。が、この散らかり具合はどう見ても少し、などという状態ではない。
「殿はここでいったい何をされているのですか?」
 問われて、んー、と隼人は頭の後ろに手をやった。
「いろいろだけど、異国の言葉を学んだり、本を読んだり、錬金術をやってみたり……」
「錬金術?」
 藤音は首をかしげて聞き返した。初めて耳にする言葉だ。
「金を作りだそうという南蛮の学問だよ。もっとも成功したことは一度もないけどね」
「はあ……」
「最初は自分の部屋でやっていたのだけど、失敗すると破裂したりするので、周囲の者から苦情がきて、ここに専用の場所を設けたんだ」
 眼の前の赤い液体の入っている瓶を、藤音はこわごわと見つめた。何やら恐ろしい話だ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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