第109話 隼人の策

文字数 862文字

「すでに水軍の一部は船を降り、城門に集結し始めています。ここを真っ向から突破しようとすれば、激しい戦闘となり、多くの犠牲者が出るでしょう」
「では、どうやって?」
「王宮の地下にある抜け道を使います」
「抜け道とな……」
 佐伯は思いがけないといった顔でまばたきする。
「しかし王宮の抜け道なら、羅紗の水軍にも知られているはず」
「むろん承知の上です。ですがこの宮殿の地下には数多くの抜け道があり、包囲されていたとしても、どこかに必ず隙があるはずです。そこを突破して活路を開きます。佐伯さまは全体の指揮をお取りください。先鋒はわが九条軍が務めます」
「先鋒、とは最も危険な役目ではござらぬか」
 この任務、わが軍が一番適任なのですよ、と隼人は微笑した。
「お忘れですか? われわれの部隊は昨日、あの抜け道を探索したばかりです」
 残党狩り、などというのは柊蘇芳の半ば嫌がらせのような命令だったのだが、結果として九条軍は迷路のような地下道を延々と歩き回ったのである。
「自分たちが迷わぬように目印も残してあります。ここにいる中で最も王宮の抜け道をよく知っているのは九条軍です」
 佐伯は感服して再び隼人をじっと見つめた。今は眼の前の小柄な少年が、どんな猛将より頼もしく思えた。
「では……お頼みできますか」

 本陣ともいうべき玉座の間を出ると、隼人は中庭に急ぎ足を向けた。一刻の猶予もない。
「殿、お待ちもうしておりましたぞ」
 兵たちの喧騒の中、野太い声のする方角を見ると、すでに副将の桐生元基を筆頭にすべての九条軍が集結している。
「軍議は終わりましたかな。こちらはいつでも動けますぞ」
 ああ、とうなずいてみせると、隼人は一段高い石段に立ち、兵たちを見渡した。
「皆、もう知っていると思うが、この王宮は羅紗水軍に急襲され、包囲されつつある。われら九条軍は地下の抜け道を使い、羅紗軍を突破して、街道にある陣地まで活路を開く!」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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