第112話 深い闇
文字数 829文字
先程まで自分に寄り添うようにして相手の斬撃に応じていた和臣と伊織の姿がない。この霧ではぐれてしまったのだ。
真っ白な世界で、音だけがあたりの空気を支配していた。
刀のぶつかりあう音。怒号や悲鳴や断末魔のうめき声。地獄絵図のような光景が繰り広げられているだろうに、濃い霧はすべての惨劇を覆い隠してしまう。
この世のものならぬような奇妙な白さの中、隼人は恐ろしいほどの孤独を感じていた。
心臓の音が体の中で鳴り響く。
今更ながら自分は周囲の者に守られてきたのだと思い知る。
戦場でも常に誰かがそばにいてくれた。が、自分は今、ひとりきりなのだ。
己の剣の腕くらい自身が一番よく知っている。とても戦場で生き残れるようなものではないだろう。
背後で殺気に満ちた気配がした。振り向きざま、隼人が刀を構えるより早く、鋭い痛みが左の肩から胸にかけて一直線に走った。
体がゆっくりと傾き、地面に膝をつく。視界にぼんやりと刃をかざした相手の姿が迫る。
もう痛みは感じなかった。ただ受けた傷が灼けるように熱い。
これは罰だ。
自分はこの大義なき戦を止めることができなかった。それどころか領地と民を守るために、何の恨みもない他国に刃さえ向けた。
──お約束を。必ず、ご無事でお帰りになると。
薄れゆく意識の中、ひたむきにこちらを見つめる藤音の姿が浮かぶ。
すまない、と隼人は心で詫びた。
あれほど固く約束したのに守れそうにない。
この地上から自分がいなくなっても、どうか悲しまないで。
最後の願いは、藤音が自分の分まで生きて幸せになってくれること。新しい愛を見つけて前に歩き出してくれること。
もっとも藤音は頑なまでに一途だから、そんな願いを聞いたらきっと怒るだろうけれど。
愛しい者の面影は隼人の意識と共に遠ざかり、やがて深い闇に沈んでいった。
真っ白な世界で、音だけがあたりの空気を支配していた。
刀のぶつかりあう音。怒号や悲鳴や断末魔のうめき声。地獄絵図のような光景が繰り広げられているだろうに、濃い霧はすべての惨劇を覆い隠してしまう。
この世のものならぬような奇妙な白さの中、隼人は恐ろしいほどの孤独を感じていた。
心臓の音が体の中で鳴り響く。
今更ながら自分は周囲の者に守られてきたのだと思い知る。
戦場でも常に誰かがそばにいてくれた。が、自分は今、ひとりきりなのだ。
己の剣の腕くらい自身が一番よく知っている。とても戦場で生き残れるようなものではないだろう。
背後で殺気に満ちた気配がした。振り向きざま、隼人が刀を構えるより早く、鋭い痛みが左の肩から胸にかけて一直線に走った。
体がゆっくりと傾き、地面に膝をつく。視界にぼんやりと刃をかざした相手の姿が迫る。
もう痛みは感じなかった。ただ受けた傷が灼けるように熱い。
これは罰だ。
自分はこの大義なき戦を止めることができなかった。それどころか領地と民を守るために、何の恨みもない他国に刃さえ向けた。
──お約束を。必ず、ご無事でお帰りになると。
薄れゆく意識の中、ひたむきにこちらを見つめる藤音の姿が浮かぶ。
すまない、と隼人は心で詫びた。
あれほど固く約束したのに守れそうにない。
この地上から自分がいなくなっても、どうか悲しまないで。
最後の願いは、藤音が自分の分まで生きて幸せになってくれること。新しい愛を見つけて前に歩き出してくれること。
もっとも藤音は頑なまでに一途だから、そんな願いを聞いたらきっと怒るだろうけれど。
愛しい者の面影は隼人の意識と共に遠ざかり、やがて深い闇に沈んでいった。