第144話 北の地

文字数 706文字

 若さもあるのだろう、羅紗水軍の船にいる隼人は日増しに回復していった。今では白瑛と一緒に甲板まで出られるようになっている。
 最初は敵国の人間と冷たい視線を向けていた人々の態度も、少しずつ変化していった。
 何しろ人見知りの激しい王子があれだけなついているのだ。悪い人物ではなさそうだ。
 自然を相手に海に生きる者たちは臨機応変であり、柔軟な発想をする。
 倭国は確かに敵だが、倭の人間すべてが敵ではないことくらい承知している。
 その考え方は隼人と共通していた。

 逆風に難儀しながらも船団は目的地である北の地・玉水(ぎょくすい)に、ほぼ予定通りに入港した。
 港では宣統王(せんとうおう)と側近たちが水軍の到着を待っていた。
 紫色の長衣をまとった王は面やつれしていたが、しっかりと大地を踏みしめて立つ姿から威厳は失われていない。
「父さま!」
 桟橋で、船から真っ先に駆け出してきたのは白瑛(はくえい)だ。飛びついてくる息子をしっかりと抱きしめる父王の眼尻に涙がにじむ。
「よくぞ無事で……。そなたが供の者とはぐれて行方知れずになったと聞かされた時には、生きた心地がしなかったぞ」
 白瑛を両腕に抱いたまま、視線をかたわらの阿梨(あり)に移すと、王は深い感謝をこめて告げた。
「阿梨、この度はよくやってくれた。わが国が救われたのは、そなたたち水軍のおかげだ」
 いいえ、と阿梨は首を横に振った。
「水軍が王都を奪還した後、この国を倭軍から解放したのは人民たちです。われらはひとつのきっかけを作ったにすぎません」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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