第46話 迷わぬ心

文字数 634文字

 一方、桜花もまた決意を固めていた。
「わたし、要請通り、舞いの奉納をするわ。でも、本当の目的は戦の勝利を願ってじゃない。戦いが一日も早く終わるよう、みんなが無事で帰ってこられるようにと、祈って舞うわ」
「ああ、それがいい」 
 桜花の肩を包みながら、伊織はうなずいた。

 蘇芳の出発は早朝だった。都までは遠い。馬を急がせても三日はかかる。
 供の者も全員が馬に乗り、すっかり出発の仕度が整った蘇芳は隼人に問うた。
「で、いかがかな。ご領主どのは、考えは決まられたか?」
 隼人は胸に手を当て、すっと一礼した。
「勅命、確かに受けたまわりました」
 賢明な返答だ、と蘇芳が唇の端を持ち上げて笑う。
 ついで藤音に視線を移して、
「残念ながら美しき奥方には袖にされたようだ。昨夜はわが寝所へ来てくれるかと、心待ちにしていたのだが」
 藤音は優雅な仕草で頭を下げた。もう迷いはしない。
「申し訳ございません。昨晩はずっと夫のそばにおりましたので……」
「ふん、それが答えか。まあよい。無理にとは言わぬ。別に女に不自由してはおらぬでな」
 蘇芳は馬の首を都の方角へと向けさせた。
「帝もさぞ満足されるであろう。詳細は追って沙汰いたす。出発するぞ!」
 言うと同時に、鬼神のごとく白馬で駆け出していく。
 一度も振り返ることなく、柊蘇芳の姿は見送る人々の前から遠ざかっていった。 




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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