第97話 王都陥落

文字数 797文字

 王都陥落の知らせを受けてから三日の後。
 ようやく九条軍が載河に到着した時には、戦いはすでに終結していた。 
 柊蘇芳は各地で破竹の勢いで羅紗軍を打ち破り、王都をぐるりと取り囲んだ。
 倭国軍のあまりにも早すぎる進撃。保身に走る将軍たち。楽観的に歪められた報告。
 すべてが羅紗十五代国王・宣統王(せんとうおう)に不利となった。
 戦線を分断され、孤立した王都はわずか半日で倭国軍の手に落ちた。

 温和な人柄で争い事を好まず、民に愛されていた王は都と運命を共にしようとした。
 が、長らく仕えてきた側近たちは、その決意をかろうじて押しとどめた。
 ──どうか今は耐えて逃れてください。わが国にはまだ切り札がございます。この苦境を知れば、必ずや阿梨(あり)王女が船団を率いて西の海から戻ってきてくださるはずです。
 阿梨……海に生きる強い意志を持った王女の名が、絶望の淵にいた王の心を揺り動かした。
 今となってはあの娘だけが残された唯一の希望だった。
 まだ死ぬわけにはいかぬ。理不尽に異国に蹂躙(じゅうりん)されたこの国の行く末を見届けなくては。王は北の辺境の地へ落ちのびる決断をした。

 王都を守備する兵たちとの戦闘は短時間だったが激しかった。都を守っていた門は破壊され、無残な姿をさらしていた。
 半ば瓦礫と化した門をくぐり、隼人は馬上から小高い丘の上に建つ王宮を見上げた。
「おお、あれが羅紗の王宮か」
「何と優美な……」
 初めて眼にする異国の城に、九条軍の面々からほうっと感嘆のため息が洩れる。
 王宮の建物はほとんど無傷で残っていた。
 瑠璃瓦が陽光を受けて輝き、南側を河に面した建物の回廊には大理石の列柱が規則正しく並んでいる。
 防御を優先させた武骨な倭国の城とはまるで違う。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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