第85話 最後尾

文字数 686文字

「貴殿は?」
 憮然として訊く敷島に、
「わが名は桐生(きりゅう)元基(もとき)。草薙の九条軍の副将を務める者でござる」
 年齢は敷島と同じくらいだが、がっしりした体格で、全身に精悍さがみなぎっていた。戦に生きてきた武士(もののふ)の匂いがする。
 なるほど、草薙は頼りない将に、気骨のありそうな副将をつけたというわけか。
 気まずい雰囲気を取り繕うように、敷島は大きく咳払いした。
「何はともあれ、無事に到着してようござった。早速だが、まずは総大将の命令をお伝えする。曽我水軍はわれらと協力してこの麗江の港の守りを、九条軍は中央軍の後を追って街道を北に進軍せよと柊蘇芳どののご命令だ」
「承知いたした」
 兼光と隼人は揃って胸に手を当て一礼する。
「九条軍は船から荷を降ろし、明日からの進軍に備えて、今日はゆっくり宿舎で休まれよ。まあ、今さら急ぐ必要もないが」
「急ぐ必要がない、とはいかなる意味でございますか」
 隼人がたずねると敷島は唇の端を持ち上げ、にやりと笑った。
「柊蘇芳どのが率いる中央軍は王都・戴河(たいが)を目指して破竹の勢いで進撃中。最後尾である草薙の軍が王都に着く頃には、戦は終わっているであろう」
 最後尾……と隼人は口の中でつぶやいた。
 蘇芳らしいやり方だった。
 つまり九条軍は功績を上げる機会もなく、中央軍が平定した後をただ追いかけていく、いわば飼い殺しのようなものだ。
 それでも進軍せねばならなかった。戦場における総大将の命令は絶対であった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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