第4話 穏やかな日々

文字数 402文字

「そういえば今日は伊織(いおり)も非番だったはず。二人で遠海の祖父どののところに出かけたのかな」
 かもしれませんわね、と藤音は相槌を打った。
 桐生(きりゅう)伊織は隼人の身辺警護を務める若者で、桜花とは幼なじみであり、似合いの恋人同士だ。
 わざわざ二人で遠海にいる桜花の祖父に会いに行ったということは、もしかしたら……。
「藤音さま、起きていらっしゃいますか」
 自分の想像に唇をほころばせたところで、襖のむこうで如月(きさらぎ)の声がした。
 藤音がええ、と応じると、失礼いたします、と襖が開けられる。
 如月は年の頃は四十代半ば。輿入れに付き添ってきた藤音の乳母で、忠義心厚い、しっかり者である。
「朝餉のご用意ができております。どうぞお召替えを」
 そうして始まる、いつもの日々。季節は秋。木々の葉が美しく色づく頃だ。
 小さな城でのつつましい毎日だが、藤音は今の暮らしが好きだった。
 多くは望まない。
 この穏やかな日々が続けば、それでいい──。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み