第39話 宣告

文字数 505文字

 もうよい、とうんざりしたように言い置いて、蘇芳は座を立とうとした。しかし思い直したように、再び元の位置に腰を降ろす。
「おっと、重要な知らせを忘れるところだった。俺はわざわざ都から花嫁を見に来ただけではないぞ」
「知らせ?」
 隼人は慎重に訊き返した。蘇芳の考えはいつも予測がつかない。
「おまえにとっても悪くはない話だと思うが。隼人、おまえは昔から海の向こうへ行ってみたいと言っていただろう」
「確かに、その通りだが」
「ついに帝が決心なされた。年明けに、わが国は海を越えて羅紗(らしゃ)国に出兵する。羅紗を征服し、わが国の領土とする」
 一瞬、水を打ったように広間は静まり返った。城の人々は皆、蘇芳の言葉がとっさには理解できなかった。
 隼人とて同じだった。あまりに突然で、一方的な宣告。
「今、何と……?」
 蘇芳は苛立ったように、
「同じことを何度も言わせるな」
 生まれながらに人の上に立つ者の威厳を持って言い放つ。
「年が明けたら、羅紗国を攻める。この草薙からも兵を出してもらう。これは帝の命令ぞ!」
 



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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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