第87話 総大将の厳命

文字数 622文字

 酒の入った敷島は上機嫌になっており、今ならいろいろと現地の様子が聞けそうだ。
「あの、司令官どの」
「何かな」
 隼人はまず、宴席に来てからずっと気になっていた疑問を口にした。
「ここにいる娘たちはどうしたのですか。いったいどこから……」
「何も生け捕りにして無理矢理従わせているわけではござらんぞ。皆、近郊の村の娘で、女手が欲しいというわれらの呼びかけに応じてくれた者。ちゃんと給金も支払ってござる」
 敷島は堂々と胸を張って答えた。
 決して強制して相手をさせているわけではない。たとえその呼びかけが村人たちに刀や槍を突きつけた力づくの方法であったとしても。
「そもそもわれらは総大将から厳命を受けてござる」
「厳命?」
 聞き返す隼人にうなずき、
「おっと、まだ伝えていませんでしたな。この度の羅紗攻めの全部隊に、柊蘇芳どのからきつく命が下されております。それは……」

 敷島の話は長くて回りくどかったが、隼人を驚かせ、同時に安堵させたのは、蘇芳が総大将を務める軍の規律正しさだった。
 戦ともなれば住民への略奪や狼藉は当然のように行われる。乱世の常であり、隼人が最も嫌う行為だ。
 だが、戦えぬ民には手を出すな──この戦において柊蘇芳は全軍に固く命じた。
 命令を破り、略奪や無意味な殺戮に及んだ者は、身分の如何を問わず、厳罰に処された。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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