第116話 報告の使者

文字数 710文字

 九条軍を乗せた曽我水軍の船が羅紗から戻ってきたと、遠海から早馬が駆けて来たのは、ようやく桜がつぼみをつけ始めた頃だった。
 詳細はまだわからぬが、取り急ぎ報告の者が城に向かっているという。
 倭国の軍が敗北したという知らせは海を越え、草薙にも届けられていた。人々は将兵の身を案じたが、ただ無事を祈って待つしかできなかった。
 その九条軍がやっと帰って来たのだ。待ちわびていた城の者たちは歓喜した。

 翌日、報告の使者は駕籠で入城した。戦闘での負傷がひどく、馬が使えなかったのだ。
「報告のご使者は伊織さまだそうですよ!」
 仲の良い侍女が部屋まで教えに来てくれた。桜花は何度もまばたきすると、読んでいた書物を閉じ、急いで広間に向かった。
 ──伊織が帰ってきた!
 あまりに突然の知らせに、驚きと喜びで心臓が早鐘を打っている。
 けれど嬉しさを噛みしめながらも胸の隅を疑問がかすめた。
 ずっと待ち焦がれていたのに、こんな近くまで来ていて、なぜ伊織の魂の気配に気づかなかったのだろう。
 城の広間にはすでに藤音を初め、草薙に残った家臣たちが集まっている。
 だが、どこか様子がおかしい。
 入り口のところでなぜか使者は足を止めてうずくまっていた。
 家臣たちは使者を取り囲み、手を貸すのも忘れて茫然とその姿を見つめている。
「伊織!」
 訝しく思いつつも、駆けつけた桜花は呼びかける。
 が、そろりと振り返った伊織を見て、桜花は声にならない悲鳴を上げた。
 全身に傷を負い、あちこちに巻かれた包帯に血の滲んだ、痛々しい姿。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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