第148話 廃墟

文字数 795文字

 村人に案内され、一行は城跡に向かった。
 こちらの手勢は阿梨と勇駿、仲介役の隼人、後は水軍の兵が二十名ほど。白瑛は一緒に来たがったが、万一の場合を考慮して父王のいる港に残してきた。
「白瑛は父上を継いで国王となる身だ。危険な真似はさせられない」
 弟思いなのですね、と隼人は微笑する。
「それもあるが、もし白瑛の身に何かあったらどうなると思う?」
「どう、とは……」
 真意をはかりかねる隼人に阿梨は大真面目な顔で、
「父上は誠実な方で、王妃とわたしの母の他は側室も持たなかった。他に兄弟がいないから、白瑛に何かあれば、王位がわたしに回ってきてしまう。宮廷での窮屈な暮らしなど、真っ平ごめんだ」
 心底、嫌そうに身震いする阿梨の後ろで、勇駿は声を押し殺して笑っていた。確かに王宮の奥深く、しとやかな王女でいる阿梨の姿は想像できない。
 第一、自分たち水軍の長が(おか)に上がってしまっては困る。
 先代の長の孫という理由だけではない。一族をまとめ、水軍を率いるのに、聡明で勇敢な阿梨こそが最もふさわしい器なのだ。
 城跡へは長い上り坂が続いていた。
 隼人は途中で足を止め、ふうと大きな息をついた。
 体が鉛のように重い。一行の歩みに遅れないよう、ついて行くのが精一杯だ。
 大丈夫か? と阿梨が振り返る。
「無理をしなくてもよいぞ。怪我で寝ついていたからな、体がなまってしまっても仕方がない」
「いいえ、大丈夫です」
 額の汗をぬぐい、隼人は再び歩き出した。人質の安全を考えれば、のんびりしている時間はない。
 さらにもうしばらく坂道を進むと、
「あちらでございます」
 村人が手で示す先に、廃墟と化した古城がぽつんとあった。
 荒涼とした風景の中、身を切るような冷たい風が吹き抜けていく。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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