第156話 争いの火種

文字数 701文字

「部屋に置いてあります。この船の中では必要ありませんし、倭国の人間であるわたしが刀など下げていては不安に思う者もいるでしょう」
「何とまあ、殊勝な気配りだ。倭国の者は刀は武士の魂、とか言うのではなかったか?」
「わたしには当てはまりません。武芸は苦手だし」 
「確かに。一応は武将のくせに、そなたには全然刀が似合わないな」
 よく言われます、と肩をすくめてみせる。
「争い事は嫌いなのです。特に(いくさ)は」
「わたしとて決して好きなわけではないぞ」
 阿梨の語気が強くなる。
「だが、降りかかってくる火の粉は払わねばならぬ。そなたとて同じであろう?」
 厳しい表情をする阿梨に、隼人は無言で眼を伏せた。
 どんなに望まずとも、時には刃を向けねばならない場合がある。今回の羅紗攻めのように。
 権力に引きずられ、大切なものを守るために、遠い他国で憎くもない相手と刃を交えねばならなかった。その痛みは生涯消えないだろう。
 隼人の胸中を推し量るように阿梨はつぶやいた。
「国境、民族、利害……争いの火種はどこにでもある。戦というものは人の世がある限り、なくならぬものかもしれないな」
「ひどく残念ですが……」
 嘆いたところで冷酷な世界は変わりはしない。それぞれに人を率いる立場にある二人は、現実というものをよくわかっていた。
 せめてできるのは、ささやかな希望を捨てずに持ち続けることくらいだ。
 そして争いの火種、という言葉が隼人にある事実を思い起こさせた。隼人は顔を上げ、真剣な表情を阿梨に向けた。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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